「前途」−庄野潤三−

一言でいうと“戦時下の青春日記”。
でも悲壮感や苦しみが描かれているわけではない。20代はじめのどの世代にも共通した無為の日々やいらだちみたいなものが、毎日、友達と自分の好きな作家などについて語り、本を貸し合い、同人誌の計画を立て、ビール園に飲みに行き、小旅行に行き・・・・といったどこか淡々とした日記から浮かび上がってくる。もちろん戦争との関わりはある。でもそれがどこか主人公の中で現実としてとらえられていないようなのだ。最後のほうで次々と周りの友達が戦争に行くのだけれど、それもそれほど切実さはなく、短い別れといった感じだ。

そんな風に書いてしまうと、太平洋戦争時に家を出てひとり暮らしをしながら大学で文学を勉強し、作家を目指したり、同人誌をつくったり、満州を旅行したりといった生活をしている人は、やはりある程度お金持ちで余裕があったのか、なんて勘ぐりたくなってしまうが、そうではなく、作者がそういうことを敢えてはずして、自分が作家になる前に感じたことを描こうとしているだけなのだろう。
それを文学としてどう評価するかはまた別の話。私は庄野潤三のそういうところが好きですけどね。最近すっかり使われなくなったような気がするモラトリアムという言葉を思い出したりしました。