「雑文集 夕ごころ」−永井龍男−

「3ガ日の、雪の降るような冷え込む夜には、随分遠くから横須賀線の踏切の警鐘が聞こえてくる。ああ、あそこの踏切だろうと思うと、闇の中に真っ直ぐ線路が見えてくる。どこかへ出かけるつもりになれば、まだどこへだって行けるのだなと思ったりすることもある」

という表題の中に出てくる文章がいい。
永井龍男、77歳の随筆集。77歳の言葉だけに実感が伝わってきます。内容としては、ほかの雑文集と同じように、鎌倉で暮らす自身の身辺や昔からの交友関係を綴ったものや、菊池寛についてなどについて書かれた文章が収録されています。なかでも東京の魚河岸に関する歴史について書かれた「魚河岸春夏秋冬」は、ページ数も多くまとまっていて読み応えがあります。でも個人的にはやはり「吉田健一君のこと」が引っかかってしまうわけなんですが・・・・。(目次にこのタイトルを発見して思わず購入してしまった)

永井龍男は、作家として独立したのが遅かったせいなのか、若いときに代表作というものを出さなかったせいなのか、昔の友人たちやよく通った飲み屋などが書かれている雑文集でも、それほど隠居生活という感じが強くないと思う。これが尾崎一雄とかだったら曽我の隠居生活雑記だったりするし、里見トンだったら鎌倉、あるいは軽井沢の隠居生活雑記のように感じられてしまう。というのは、単に私の認識や印象などの問題なのだろうか。
雑文として読みやすい、ある種軽やか文章で書かれているにもかかわらず、書くことに対する真剣さ、妥協のなさが伝わってくるからなのではないかと勝手に考えたりして、そして、この辺のストイックさが山口瞳に恐れられていたところではなかったか、なんてまた妄想だけが一人歩きをし始めてしまったりして・・・・。