「くちぶえサンドウィッチ」−松浦弥太郎−

松浦弥太郎の最新刊(と言ってもけっこう前?)。もしかしたら単なる私の期待なのかもしれませんが、松浦弥太郎は書き手として過渡期に来ているのかな、と思いながら読みました。
松浦弥太郎の良さというのは、コップの中に入っているのが濁った泥水であるということを分かっているうえで、あえて上の方の澄んだ水に心を向けているところだと私は思っていて、さらにいうならば、その澄んだ水の部分を強く信じて、そして大切にすることで、下の部分の濁った水さえも浄化することができると彼が信じて毎日を過ごし、文章を書きところなんじゃないかな。適当。
これから彼がどんな文章を書いていくようになるのか私にはもちろん分からないし、そもそも私が彼の本をずっと追い続けるかどうかもわかりませんが、どこかで松浦弥太郎の文章や彼のことについて書かれた文章を見かけるたびに気になってしまうんだろうなぁとは思います。(無責任ですみません)

昨日は用事があったので6時ぴったりに会社を出て恵比寿へ。一時間ぐらいで用事を済ませたあと、マックでごはんを食べました。マックなんて久しぶりだな、なんて思いつつ、席はわりと空いていたのですが、とりあえず荷物がじゃまなので隅の席に鞄をおいておいて、財布だけ持って注文しに行って、しばらく並んだあとにトレイを持って席に戻ると、その席に座ってたばこをすっている人がいます。
私はあれ〓と思いつつ違う席に座ったのですが、最近ファーストフードやセルフサービスのカフェに行くとこういうことが多いような気がします。鞄だけじゃなくてコートも置いているのに誰か座ってます。しかもほかの席が全部埋まっているというわけでもないのがなんか不思議です。
ここで「そこわたしが取ってた席なんですけど・・・・」と言えばいいのでしょうか。でもほかの席も空いてるしなんだかそう言うのも嫌な感じ。そもそも注文する前に鞄とかを置いて席を取るという行為がある意味“せこい”行為なのだろうか?昔、わたしがミスタードーナッツでバイトしてたときは「席は取ってありますか?」ってお客さんに聞いてたけどな。う〓ん。