「どこ吹く風」−山口瞳−

「どこ吹く風」というのは、ここに出てくる女の人たちをさしているのではないか、という高橋呉郎の解説での言葉が本を読み進めるうちに胸に重くのしかかってくるような短編集。

登場してくる男たちはたいてい会社の部長だったり、近いうちに役員になるような状況の人だったり、若いのに実力(ってなんだ?)で係長になっていたりするのだけれど、会議で説得力のある話し方を学ぶためにテレビの解説番組を欠かさず見たり、宴会の時のために日本舞踊を習ったり、学生時代にやっていた競歩の練習と称して1時間かけて愛人の家に通ったり、だれもがどこか哀しく、滑稽で、しかも最終的にはそうした努力はあまり報われず、左遷されたり、会社を辞めることになったりする(それで「竹馬やいろはにほへとちりぢりに」というわけだ)。それに比べて女たちは堂々としていて、しかもしたたかだ。
所詮、男たちは女たちを養うために、せこせこと働かされているということなのだろうか。

この本が出てからもう30年経っているわけだが、現在でも男たちはこうした傍目から冷静にみると滑稽な世界で、本気になって生きているのかな。私自分では気がつかないままにもそんな中のひとりになっているだろうかね。