「昨日の會」−井伏鱒二−

canoe-ken2005-08-26

まず「昨日の會」という題名がいい。「會」が「会」ではないところもいい(昭和36年発行、時代的にはまだ普通に「會」が使われていた時期なのだろうか?)。特に洒落ているとか、独特の言葉遣いをしているといったこともないので、なにがどういいのか、はっきり言えないけれど、そこがまた井伏鱒二らしくていい。自身の随筆の中で、広津和郎の「年月のあしおと」を取り上げて、広津和郎は題名をつけるのがうまいと褒めたあと、、「本の題名は絵画における額のようなもので、どんなにいい絵でも額がひどければ見た目は悪くなるし、額によって絵が引き締まる」といったことを書いていたけれど、井伏鱒二自身も題名をつけるのがうまい。「駅前旅館」「本日休診」「貸間あり」「逢拝隊長」「珍品堂主人」「厄除け詩集」「さざなみ軍記」・・・・など、有名な作品だけをあげてみても、どれも井伏鱒二らしいいい題名だと思う。私はまだ読んだことがないけれど「猫又小路」なんていう作品もあるそうだ。
気のせいかもしれないけれど、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪西荻、そして吉祥寺といった場所の古本屋さんでは、井伏鱒二の本に割と高めの値段がつけられているような気がする。いや、すみません、単なる思いこみと気のせいに過ぎないだけです。でも国立の古本屋さんで買ったこの本は300円でした。箱がかなり焼けているというのが原因だろうけれど、前述の街の古本屋で、井伏鱒二の単行本が、300円で売られているのを見かけることは、あまりないように思えます(「荻窪風土記」など、文庫本になっていて手に入りやすい本は見かけるけれど・・・・)。まぁここらの古本屋さんで安く売られていたら少し寂しいですけどね。

その国立の、それほど大きくはない古本屋さんで、縦や横に重ねられた本をどけながら、奥にある里見紝永井龍男の本を引っ張り出していると、なんとなく店主の「楽しくやっていればそのうちいいことあるよなぁ」という店主の言葉が耳に入った。その店主は、私が店に入ったときからずっとお客さんと話していて、なにげに聞き耳を立てていたのだけれど、その“いいこと”というのは、どうやら「四谷に住んでいる人が、その本屋のことを聞いて、国立までわざわざ来てくれて、専門的な研究書をたくさん売ってくれた」ということらしい。どんな本なのかは題名を聞いていても、私にはぜんぜんわからない。でもとにかく自分の店に合うだろうと思って、わざわざ持ってきてくれたことが、店主にはうれしかったらしい。何度も「四谷から」という言葉を繰り返してました。世の中が買収とか言っているのに、なんだかほんとうに小さな喜びだけれど、よくわかる。そしてそういう喜びの積み重ねこそが人生のほんとうの喜びなのかもしれないとも思う。

話が飛びますが、井伏鱒二続きでもう一つ。先日、吉祥寺に行ったときのこと。ミオ犬が買い物をしているあいだに、近くの古本屋さんで本を眺めていたら、その日はいつもよりも文芸文庫が多く出ていて、井伏鱒二の「人と人影」もある。値段は840円。ちょっと高い。600〜700円くらいだったら買うのに、なんて思いつつ(この100円の違いはなんだろう)、目次をチェックしてみたら「継母の〜」というタイトル、そして劇画調のイラスト・・・・。カバーは井伏鱒二、中身は官能小説、誰かが電車の中でこの本を読んでいる姿を想像しただけで笑えてしまった。そして笑いながら一度本棚に戻して、やはり思い直して店の人に指摘したら、「あらあら」と言いつつ、微かに、でもハッキリとがっかりした感じが出ていた。これもわかるよなぁ。市とかでまとめて売られているのを一束で仕入れたのだろうか。それにしても値段をつけるときにわかりそうなのにね。でも客としては講談社文芸文庫と官能小説という組み合わせがおもしろい。これが角川文庫だったりしたらありがちな感じがしてしまう気がする(その違いはなんなんだろう)。